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東京高等裁判所 平成4年(ネ)1497号 判決

主文

原判決中、次項の請求を棄却した部分を取消す。

被控訴人は控訴人に対し原判決別紙第二物件目録(二)の1記載の建物並びに同2記載の給油施設及びその付属設備を収去して同第一物件目録(二)記載の土地を明渡せ。

控訴人のその余の控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

理由

第一  当事者の求める裁判

一  控訴人

原判決を取消す。

被控訴人は控訴人に対し原判決別紙第二物件目録(一)の1及び2記載の各建物を収去して同第一物件目録(一)記載の土地を明渡せ。

被控訴人は控訴人に対し原判決別紙第二物件目録(二)の1記載の建物並びに同2記載の給油施設及びその付属設備を収去して同第一物件目録(二)記載の土地を明渡せ。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

次に付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中「第二 当事者の主張」記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決書三枚目表一〇行目中「八〇・四五坪」を「八三・一八坪」に改める。

二  被控訴人の主張

本件土地の買取りを企図して動いていたのは控訴人の親会社に当たるフジタ工業株式会社の従業員であり、同会社は地上げのダミー会社として登場し、控訴人と一体として行動していたもので、一〇億円もの大金を用意して本件土地を買取るのであるから、その情報網を駆使して本件土地とその利用状況を十分に調査していたはずである。そして参加人の説明だけでなく本件土地の現況その他の状況をつぶさに調査していれば、本件土地の利用が単なる使用貸借であり本件土地の売買契約が成立すればガソリンスタンドの諸施設や地上建物が容易に撤去されるとの参加人の説明に当然疑いをもつたはずである。そうであれば、本件土地を現に利用している被控訴人の代表取締役なり役員なりにその間の事情を確認するのが当然であり、確認もしなかつたというのであれば、それはフジタ工業の重大な落ち度であり、あるいは本件土地の利用が使用貸借以上の強い利用関係であることをうすうすながら知つていたと考えるのが常識的である。そうすると、フジタ工業ないし控訴人は賃借権の存在を知つていたと同一の評価を受けても仕方がないというべきであり、いわゆる背信的悪意者として被控訴人に対する明渡請求は許されないものである。

三  控訴人の主張

1  控訴人が本件土地建物を買受けた当時、五三番五の土地の上には登記済建物はなくその土地上にあつたポンプ室はその所有者が殊更保存登記をすべき旨認識する程の建物ではなかつた。

控訴人は、本件土地建物の売主である参加人が、弁護士であり、かつ被控訴人の監査役であつて被控訴人の経営に深く関与しており、更に本件ガソリンスタンド内に存在する本件建物の三階部分に法律事務所を開設していて、同所においても本件土地建物の売買契約についての交渉をしていたことから、参加人がその所有する本件土地について被控訴人との間に賃貸借契約はなく、その占有権原は使用貸借であると説明すれば、被控訴人がそれを信用するのは当然である。

したがつて、控訴人が被控訴人の占有権原について十分に確かめず、またポンプ室について登記の有無を調べることがなかつたとしても、これが被控訴人の五三番五の土地についての賃借権の対抗力を肯認する判断の基礎となるべき理由になるものではない。

2  また、本件建物の三階部分は参加人がガソリンスタンドの経営とは何の関係もない法律事務所として使用していたものであり、本件建物とその三階部分は外形上一棟の建物であることは明らかであるから、被控訴人は本件建物の使用目的を変更することは可能である。したがつて、五三番七の土地上にある本件建物が五三番五の土地と五三番四の土地を使用してガソリンスタンドを経営するためのものであることを理由に五三番五の土地に対する賃借権の対抗力を付与することは相当でない。

3  控訴人が背信的悪意者であるとの被控訴人の主張は争う。

四  参加人の主張

建物保護ニ関スル法律(平成三年法律第九〇号による廃止前のもの)(以下「建物保護法」という。)一条の規定の関係で土地の買主が背信的悪意者とされるのは、借地権がありながら建物の登記がされていないことを、買主が土地の売買契約締結以前に賃借人又は賃貸人との間に何らかの形で関与することによつて熟知していながら、登記の欠缺を奇貨としてそれを利用せんとする信義に反する場合に限られる。控訴人は、参加人から、被控訴人はオーナーである参加人に使用を許されているのみで借地権を有しないとの説明を受け、これを信じて本件土地建物を買受けたのであり、一般取引の観点からすればそれは当たり前のことで、何ら背信的と非難される点はない。

第三  証拠《略》

第四  当裁判所の判断

一  認定

事実認定については、次に付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」、「一 認定」及び「二 認定についての補足説明」(七枚目一〇行目から一九枚目表一行目まで)に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

1  原判決書七枚目裏五行目中「四〇、」の次に「四二の一ないし三、四三、四四の一ないし三、四五の一ないし三、四六の一、二」を、五行目から六行目にかけて「二五の一、」の次に「三一、三二、」を、それぞれ加え、同六行目中「証人参加人」を「証人甲野四郎(原審並びに当審)」に改める。

2  同一〇枚目表九行目から一〇行目にかけて「五三番四の土地(以下「旧五三番四の土地」という。)」を「五三番四の宅地の一部約二五坪(以下この土地部分を便宜「旧五三番四の土地」ということがある。)」に改め、一一行目末尾の次に「なお、この土地の使用については昭和三六年一一月二一日被控訴人と小沢との間で、臨時に給油所及び石油製品の保管の目的で賃貸する旨の賃貸借契約書を作成しており、昭和三八年一一月二一日以降は期間の定めのない賃貸借契約となつていた(丙三一、三二)。」を加える。

3  同一〇枚目裏四行目から五行目にかけて「被告第二準備書面添付図面一」を「乙四二の一ないし三」に、一一枚目表五行目中「被告第二準備書面添付図面二」を「乙四三」に、同裏五行目から六行目にかけて「被告第二準備書面添付工事請負契約書(昭和三七年八月三日付のもの)」を「乙四四の一ないし三」に、一二枚目表三行目から四行目にかけて「被告第一準備書面添付図面」を「乙四六の二」に、一四枚目表四行目から五行目にかけて「被告第二準備書面添付工事請負契約書(昭和四二年六月三〇日付のもの)、同添付図面四」を「乙四五の一ないし三」に、同裏三行目から四行目にかけて「被告第一準備書面添付図面、被告第二準備書面添付図面四」を「乙四六の二、四五の三」に、同裏九行目から一〇行目にかけて「被告第二準備書面添付危険物取扱所変更許可申請書(昭和五二年一一月二日付のもの)、同添付図面五」を「乙四六の一、二」に、それぞれ改める。

4  同一五枚目表三行目中「この間の」から四行目中「丙一六)、」までを「この間、被控訴人は前記小沢から賃借した旧五三番四の土地を本件土地と一体としてガソリンスタンド用地として使用していたが、昭和四二年小沢から明渡訴訟を提起され、一審で敗訴した。しかし、控訴審において昭和四九年一二月四日、参加人が被控訴人(右事件においては控訴人)の訴訟代理人弁護士として期日に出席し、被控訴人が旧五三番四の土地を含む分筆後の五三番四宅地九六・五九平方メートルを代金三六〇〇万円で買受ける旨の裁判上の和解が成立し、被控訴人は昭和五〇年一月三一日までに右代金を完済して同土地の所有権を取得した(乙三七、三八の一、二、丙一六、三二)。なお、参加人は当時も被控訴人の監査役であつた。そして、被控訴人は」に改める。

5  同一九枚目表一行目末尾の次に行を改めて次のとおり加える。

「丙第二九、第三〇号証は、「土地使用貸借契約書」と題するもので、参加人と被控訴人との間に本件土地につき使用貸借契約を締結した旨及び各契約条項の記載がある。そして当審において参加人は、これらの契約書は被控訴人の代表取締役乙山五郎に渡してあり、同人からは特に何も言つて来ていない、権利があるということを言つて来たこともないと述べている。しかし、右契約書には参加人の記名捺印があるのみで、被控訴人代表取締役の署名(記名)も捺印もなく、その体裁も被控訴人御中となつているだけのものであるから、このような書証と証言によつては使用貸借契約が真実締結されたと認めることはできない。」

二  判断

1  本件土地の所有者、賃貸借契約の成否、賃貸借契約の目的、賃料についての当裁判所の判断は、次に付け加えるほか、原判決「事実及び理由」中「第三 当裁判所の判断」、「三 判断」の1ないし4(一九枚目表三行目から二二枚目表六行目まで)と同じであるから、これをここに引用する。

(一) 原判決書二〇枚目裏三行目中「(乙六の一ないし五)」の次に次のとおり加える。

「(参加人は、右記載の借地権は本件土地全体についてのものではなく、乙山五郎がその所有家屋をその敷地(五三番の七の土地の南半分三〇坪)の借地権とともに被控訴人に売渡した際のその借地権であり(乙三二によれば売渡しの対価は家屋二〇〇万円、借地権三五〇万円であつたことが認められる。)、しかも無償使用を許されたにすぎず、帳簿上の操作で借地権があるように記載しただけであると主張するが、右鑑定書(乙六の三)のみならず、添付の財産目録(乙六の四)にも本件土地について借地権の記載があり、帳簿上の操作をしなければならない事情にあつたことを認めるに足りる証拠はないことからすると、参加人主張のように乙一二の一六ないし三五の記載を根拠に右借地権が前記三〇坪についてのものだけであると断定することはできず、また実体は使用貸借にすぎないと認めることもできない。)」

(二) 同二〇枚目裏九行目中「思料される」の次に次のとおり付け加える。

「(なお、被控訴人が昭和四九年に本件土地に隣接しガソリンスタンド用地として使用していた五三番四の土地を裁判上の和解により代金三六〇〇万円で買受けたこと、右裁判上の和解には参加人が被控訴人の訴訟代理人弁護士として出席したこと、参加人が当時被控訴人の監査役であつたことは、さきに認定したとおりであり、このように被控訴人の監査役である参加人が関与して、少なからぬ対価を支払つて被控訴人が本件土地の隣接地の所有権を取得したということは、被控訴人及び参加人のいずれもが、本件土地をガソリンスタンド用地としてその後も長期間継続して使用することを予定していたことを推認させるものであり、そうであれば、被控訴人及び参加人の認識においては、本件土地の利用関係を、使用貸借と考えていたとみるよりは長期継続の可能性の強い賃貸借と考えていたとみる方が実情に沿うように考えられる。このことも上記の認定を支持するものといつてよい。)」

2  賃借権の対抗力について

(一) 既にみたとおり、控訴人が本件土地を買受けた昭和六一年五月八日当時、被控訴人は本件土地を参加人から賃借し、五三番七の土地については、その上に本件建物の一、二階部分を所有しその旨の登記を経由していたが、五三番五の土地については、その上に原判決別紙第二物件目録(二)1記載の床面積四・九六平方メートルのポンプ室を所有していたものの登記を経由しておらず、ほかに登記ある建物を所有していなかつた。

右事実に建物保護法一条の規定を適用すると、被控訴人は控訴人に対し、その有する賃借権を、五三番七の土地については対抗できるが、五三番五の土地については対抗できないことになる。

このように解する結果、被控訴人はガソリンスタンドの営業のため使用している土地のうち、五三番七の土地は借地権に基づき、五三番四の土地は所有権に基づき、使用を継続することはできるものの、その中間に存在して公道に面する五三番五の土地を使用することができなくなるため、右の各土地を一体として利用しガソリンスタンドの施設及び機能を維持することはほとんど不可能となる。なお、控訴人は、五三番七の土地については所有権は取得したものの賃借権による制度は甘受せざるを得ず、本件土地の一体としての利用は望めないこととなる。これは建物保護法の適用の結果やむを得ないことであるが、後記のような事情から控訴人の予期しなかつたところである。

(二) 被控訴人は、被控訴人が参加人から賃借したのは五三番七の土地と五三番五の土地であり、被控訴人はこの一定範囲の土地を参加人から賃借してガソリンスタンド経営のために一体的に使用していたのであり、この一定範囲の土地上には登記ある本件建物が存在しているのであるから、被控訴人はこの一定範囲の土地の賃借権を新土地所有者である控訴人に対抗することができると主張する。

しかし、右主張によれば、借地権に基づき一体的に使用されている複数の筆の土地の一筆でも地上に登記のある建物があれば、右全部の土地について借地権の対抗力が及ぶことを認めることになると思われるが、地上建物の登記に当該土地に存する借地権の登記に代わる機能をもたせようとする建物保護法の前記規定の趣旨からすれば、このような結果を認めるのは相当でないといわなければならない。もともと借地権自体について登記がないにもかかわらず地上建物の登記があれば借地権の対抗力を認めるという制度の下では、土地を買受ける者は、登記簿の記載により、当該土地の地番によつて特定される土地の上に存在する建物について登記があるかどうかを調査して対抗を受ける賃借権の有無を判断すれば足りるとするのでなければ、制度の趣旨は徹底しないことになる。

もつとも、取引の実際においては、土地を購入しようとする者の多くは現地において土地の現況を調査するのが普通であり、借地権のある数筆の土地を購入する場合でも、地上建物の存否や、一体としての利用の有無、更には借地権の及ぶ土地の範囲等を調査し確認するのはさほど困難ではないから、登記簿により地上建物に登記のあることが確認できれば、賃借権の対抗を受ける範囲を予測することは可能であり、土地の買主が著しい不利益を被ることはないといえなくもない。しかし、このように、土地の売買において買主は現地調査をするのが普通であるという取引の実際に基礎を置いて、建物保護法の前記規定の適用の基準を設定することは、複数の筆の土地が一体としての利用に供されているかどうか、その利用形態からみて密接不可分であるといえるかどうか、外観上一個の土地と見られるかどうか、登記ある建物のない土地を除いては借地人の従前の用法による利用は不可能となるかどうか等、現地に赴き更に借地人による利用状況の実態にまで立ち入つて調査しなければ分からないような事情の存否に対抗力の有無をかからせることにもなりかねない。このような結果を認めることになる解釈態度は、登記ある地上建物の存否によつて対抗力の有無を決しようとする制度の趣旨になじみにくい要素を取り入れることになり、また常に妥当な結果を得られるとも限らず、相当でないと考えられる。

本件においては、現況を一見すれば、登記のある本件建物はガソリンスタンドの事務所であり、五三番七の土地と五三番五の土地とは、ガソリンスタンドの施設として一体の利用に供されていて不可分の関係にあり、五三番七の土地だけではガソリンスタンドの経営は不可能に近いことが明らかとなり、控訴人も本件土地がそのような使用状況にあることを承知して買受けたものと認められるのであるが、それにもかかわらず控訴人が本件土地を買受けたのは、本件土地の所有者でありかつ弁護士であつて被控訴人の監査役であり、被控訴人の代表取締役の兄でもある参加人から、被控訴人による本件土地の利用関係は使用貸借であるとの説明を受けたからであると認められるのである。このような控訴人に、更に右利用関係が賃貸借であるかどうかにまで立ち入つて調査し、賃貸借であることを予測した行動を取ることを期待するのは適当でないと考えられる。このような場合があることを考えれば、前記のような立場にはたやすく賛同することができない。

右のとおりであるから、被控訴人の前示主張は採用することができない。

3  背信的悪意者ないし権利濫用の主張について

控訴人は、五三番五の土地につき、被控訴人は背信的悪意者であり、そうでなくても被控訴人の本件明渡請求は権利の濫用であると主張するので、この点について判断する。

(一) 《証拠略》によると、参加人は昭和六〇年の暮れころから本件土地建物の買主を探していたが、フジタ工業株式会社との交渉の中で土地一坪当たり一三〇〇万円の代価で売買することが決まり、本件土地の地積合計二七五・九一平方メートルを八三・四七坪として総計一〇億八五一一万円で控訴人に売渡すことになり、昭和六一年五月八日売買契約を締結し、右代金額の八割に当たる八億六八〇八万八〇〇〇円を契約締結と同時に、残金二億一七〇二万二〇〇〇円を同年六月一〇日までに引渡しと引換えに、それぞれ支払を受けることを約束したこと、右契約においては、参加人と控訴人は、参加人が本件土地を被控訴人を権利者とする区分建物の敷地並びに給油施設の敷地に供していることを確認した上、右被控訴人所有の建物・施設の除去は控訴人の責任と負担により行うが、参加人は被控訴人との交渉について協力するものとするとの約定がされたこと、右売買交渉の過程で一坪当たり一六〇〇万円で買いたいという話もあつたが、参加人はこれを断り、契約締結時に代金の八割が支払われるという有利な条件が提示されたため、被控訴人所有の建物・施設の除去についての交渉に当たり控訴人が被るべき負担を見込んで、地価が高騰していた当時においては相場より安いと考えたが一坪当たり一三〇〇万円で控訴人に売ることを承知したこと、参加人は本件土地を売却するについては、被控訴人としては経営状態がよくないので、本件土地を売却して経営をやめ、隣接して所有していた五三番四の土地を一緒に売ればよいと考えていたが、そのことについて被控訴人の代表取締役乙山五郎が承知していたわけではなく、参加人は被控訴人が経営をやめて建物・給油施設を除去し撤退することについて確たる見通しをもつていなかつたことが認められる。

一方、《証拠略》によると、控訴人は本件土地建物が被控訴人の経営するガソリンスタンドの施設であることを承知の上で、フジタ工業株式会社の姫井順之が担当となつて参加人との間で本件土地の買受交渉をし、姫井は登記簿謄本により、本件土地は参加人の所有であるが、本件建物は一、二階部分が被控訴人の区分所有となつていることを確認し、また参加人からの説明で、被控訴人の代表取締役である乙山五郎と参加人とは兄弟であつて被控訴人による本件土地の利用関係は使用貸借であると理解して、本件土地を買受けたこと、また本件建物の三階部分は当時未登記であつたが、姫井は参加人から参加人の所有であるとの説明を受けたことが認められる。なお、姫井証人は、乙山五郎にも会つて土地の利用関係について尋ねたと述べているが、そのときのやりとりについては、使用貸借であるかと尋ねたらそのとおりと言われたと述べたり、地代を払つているから賃貸借だと言われたとも述べる一方、尋問において再度その点を確認されると、建物についての賃貸借だけは言われたと趣旨不明の供述をした上、土地については聞いていないと述べながら、最後には、使用貸借という言葉は使わなかつたが、借りていますかという聞き方をしたら借りているという返事があつたとの供述に終わつている。このように姫井証言は転々と変つており、結局同人は乙山からは本件土地の利用関係が使用貸借であるとの確認は得ていないとみざるを得ない。したがつて、控訴人は建物所有者である被控訴人には確認しなかつたが、土地所有者である参加人から使用貸借であるとの説明を聞き、それを信じて本件土地を買受けたものと認められる。

ところが、実際には、既にみたとおり、被控訴人による本件土地の利用関係は賃貸借と認められるのであり、その結果、控訴人は、五三番七の土地については借地権をもつて対抗されることになつた。

(二) ところで、参加人と被控訴人の代表取締役乙山五郎とは兄弟であり、本件建物の一、二階には被控訴人がガソリンスタンド業務の事務所を、三階には参加人が法律事務所を置いて、それぞれ区分所有権を有しており、しかも参加人は弁護士で、本件売買当時においても被控訴人の監査役であつたことは、さきにみたとおりである。このような関係にある参加人から被控訴人による本件土地の利用関係が使用貸借であると聞かされれば、控訴人の側でそれを信用するのは当然であり(土地建物の使用貸借は親族間においてしばしば見られる利用関係であり、参加人と被控訴人の関係はこれに準ずるものであるといえる。)、使用貸借であることを前提として本件土地を買受けたのに、実は賃貸借であつた結果、少なくとも五三番七の土地については賃借権による制限を甘受せざるを得ないこととなつたのであるから、控訴人としては不測の事態が出来したというほかない。これに対して、被控訴人としては、参加人が被控訴人の代表取締役の兄であり被控訴人の監査役であることからすれば、控訴人が参加人の言をそのまま信じて被控訴人に直接確認しなかつたことをもつて控訴人の怠慢であると非難すべき立場にはないというべきであろう。

一方、五三番五の土地については、控訴人は五三番七の土地とともに被控訴人が使用貸借権を有するにすぎないことを前提に買受けたものであり、その権利関係が賃貸借であることは後に判明したことであり、しかも被控訴人が同土地の上に登記ある建物を所有していないために賃借権の対抗を受けないで済むことになつたのである。代金が相場より安かつたのは被控訴人所有の建物・施設の除去については控訴人の負担において行うことを前提に、その負担を見込んで代金を決めたからである(無償の使用関係である使用貸借であつても契約をもつて定めた目的に従つた使用収益をする権利はあり、任意の明渡を求めるためには事実上何らかの金銭的解決を迫られることも避けられないから、それを買主の側の責任、負担においてする約定であれば、その費用を代金の額に反映させることは、取引の実際においてしばしばみられるところである。)。

(三) 本件における以上のような事実関係は、土地の買主において賃貸借契約があることを知りながら、地上建物に登記がないことあるいは地上建物がないため賃借権の対抗を受けないことを奇貨として安い代金で土地を買受けたというのとは事情が異なるといわなければならない。

被控訴人は、既にみたとおり、五三番七の土地は借地権に基づき、五三番四の土地は所有権に基づき、使用を継続することはできるものの、その中間に存在して公道に面している五三番五の土地を使用することができなくなるため、右の各土地を一体として利用してガソリンスタンドの施設・機能を維持することはほとんど不可能となり、著しい不利益を被ることになる。しかし、控訴人においても、五三番七の土地については被控訴人の賃借権による制限を甘受しなければならないという不測の事態に至つたもので、それは主として被控訴人の側に属する参加人の言動に起因しているというべきであり、また五三番四の土地の買受については特に賃借権の対抗を受けないことを奇貨として安く買つたというような事情はないことは右にみたとおりである。

以上のような事実関係の下では、控訴人はいわゆる背信的悪意者に当たるということはできず、また五三番五の土地の明渡請求を信義に反し権利の濫用に当たるとまでいうことはできない。

4  控訴人は、被控訴人が五三番五の土地を控訴人に明渡すとすれば被控訴人は五三番七の土地だけではガソリンスタンドの経営を継続することができなくなるから、五三番七の土地についての賃貸借契約もその目的を達し得ないものとして終了するというべきであると主張するが、既にみたように五三番七の土地についての賃貸借契約は建物所有を目的とするものであるから、右主張のような事情があるからといつて、直ちに終了すべきものであるとは解されない。したがつて、右主張は採用することができない。

三  結論

以上のとおりであつて、控訴人の本訴請求のうち、五三番七の土地の明渡を求める部分は理由がないから棄却すべきであるが、五三番五の土地の明渡を求める部分は理由があるから、これを認容すべきである。

よつて、原判決を変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 丹宗朝子 裁判官 新村正人 裁判官 斉藤 隆)

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